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東京地方裁判所 昭和35年(行)84号 判決 1965年4月08日

原告 守田京子

被告 国 外一名

訴訟代理人 岡本元夫 外二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一、被告国に対する請求について

一、主張一記載の原告の主張事実および被告国が昭和二二年一二月二日岐阜県知事の発した買収令書により本件土地を自作農創設特別措置法第一五条第一項の規定により買収し、被告国のため申立て二記載の登記がなされたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件買収処分が無効といえるかどうかについて検討する。

(一)  買収計画書に買収の時期についての定めがなく、また買収すべき農地の地番として本件土地の地番とは異なつた地番が記載されていたから本件買収処分は無効であるという主張について

阿会布村農地委員会会長が昭和二二年一一月一日付阿農委第四〇一号「第四回買収計画書写送付の件」と題する書面を原告に送付したこと、右買収計画書写には買収の時期の記載がなく、また買収すべき土地として「大字殿字岩ケ平一、八八四番山林三反三畝一〇歩」と記載されているが、大字殿岩ケ平には一、八八四番という土地は存しないことは当事者間に争いがない。

しかし、自作農創設特別措置法には、市町村農業委員会が附帯買収計画を定めたときは買収計画を定めた旨公告し法定の事項を記載した書類を縦覧に供すべき旨規定されている(自作農創設特別措置法第一五条第三項、第六条第五項)けれども、買収計画書の写を被買収者に送付すべき旨を定めた法令は存しないから、右送付された買収計画書写の記載内容自体が直接本件買収処分の効力を左右することはなく、買収計画書自体には買収時期の定めがあり、また本件土地の正しい地番を表示していたという被告の反対主張を否定して、単なる写しもれないし写し間違いでなく買収計画書自体にも原告主張のかしがあつたということを認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、買収計画には買収時期の定めがあり、また本件土地の正しい地番の表示がなされていたことが推知できる。したがつて、買収計画書に買収の時期についての定めがなく、また買収すべき農地の地番として本件土地の地番とは異なつた地番が記載されているから本件買収処分は無効であるというの原告の主張は理由がない。

(二)  買収令書の交付が当時未成年者たる原告に対してなされているから本件買収処分は無効であるという主張について

自作農創設特別措置法第一五条第一項による附常買収は買収の目的物の所有者に買収令書を交付してこれをしなければならないと定められている(自作農創設特別措置法第一五条第三項、第九条)ところ、本件買収処分の買収令書は原告に対して交付されたが、当時原告は一八歳で未成年者であつたことは当事者間に争いがない。

そこで、原告の主張するように令書交付の効力が生じていないといえるかどうかについて考えるのに、買収処分はいわゆる法律行為的行政行為に属し意思表示を内容とする行政行為であり、買収処分は令書交付によりなされるべきことを定めている前記規定の目的も令書交付により所有者に行政行為の内容を知らしめるとともに不服申立ての機会を与えることを主眼としていると考えられるから、令書の受領能力について特別規定が存しない以上、意思表示の受領能力に関する民法第九八条の規定を類推適用するのが相当である。したがつて、未成年者または禁治産者には令書の受領能力が認められず、これらの者に対する買収令書は法定代理人に交付されなければ買収処分が違法になるものというべきである。

しかしながら、買収令書が未成年者に交付された場合は、つねに買収処分が無効であるといえるかどうかは別個の観点からの吟味を必要とする。すなわち、行政処分が無効といえるためには重大かつ明白なかしがある場合でなければならないが、かしが重大といえるかどうかは公益と私益の調和を考え目的論的見地から判断されなければならない。そこで、買収処分により自作農を急速かつ広汎に創設し、土地の農業上の利用を増進し、もつて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るという公益よりの要請と無能力者の私益保護の要請の調和点を求めようとすると、買収令書の内容を相当程度理解しうるような能力を有していた者に令書の交付がなされた以上、そのかしが重大であるということは相当でなく、その者が未成年者たる一事をもつて令書交付が無効であるということはできない。そうだとすれば、本件買収処分の令書が交付された当時原告はすでに一八歳であつたというのであるから、本件買収処分の令書の内容を相当程度理解しうる能力を有していたというべきであり、買収令書交付の効力が生じておらず、本件買収処分は無効であるという原告の主張は理由がない。

(三)  本件土地は山林であつて牧野ではないから買収処分は無効であるという主張について

本件現場検証の結果によると、本件土地を南東部と北西部の二つに分けた場合、南東部と北西部ではやや趣が異なる、北西部には周囲六、七〇センチメートルの松、約九〇センチメートル程度のはんの木、高さ二メートル程度の杉、松六、七本がある程度で、他は一面にすすき、楢の小木等が繁茂しているのに過ぎないのに対し、南東部は高さ二メートル程度の松が雑然と生えて松林の様相を呈していることが認められるが、本件検証の日は買収処分の時からすでに十数年を経過しているから、右認定のような状況からは買収処分当時本件土地が山林であつて牧野ではなかつたと断定することは困難であり、他にも本件土地が買収処分当時山林であつて牧野ではなかつたということを認めるに足りる証拠はない。したがつて、本件土地は買収処分当時山林であつて牧野ではないから本件買収処分は無効であるという原告の主張は理由がない。

(四)  本件買収処分は、本件土地を買収すべき旨の申請をする資格がない者の申請に基づいてなされたから無効であるという主張について

自作農創設特別措置法第一五条による附帯買収の申請資格を有する者は、自作農創設特別措置法第三条により買収する農地もしくは同法第一六条第一項の命令で定める農地すなわち同法施行令第一四条の定める農地につき自作農となるべき者で、同法第一六条の規定による売渡しをうけた日から一年を経過していない者でなければならない。しかしながら、本件の場合、成立に争いのない乙第二ないし第八号証によれば、被告沖野は、被告国主張の日に被告主張の田合計四反四畝七歩を自作農創設特別措置法第一六条により売渡しをうけたものであることが認められる。したがつて、被告沖野には附帯買収の申請資格がないから同人の申請に基づく買収処分は無効であるという原告の主張は理由がない。

(五)  本件土地は自作農創設特別措置法第一五条第一項の附帯買収の対象となるべき土地ではなく阿会布村農地委員会はこのことを知つていたから、本件買収処分は無効であるという主張について

(1)  まず、原告は、本件土地は被告沖野が売渡しをうけた土地に附属し採草の用に供された土地ではないから自作農創設特別措置法第一五条第一項によつて買収することのできない土地であると主張するけれども、附帯買収の対象となるべき土地は売渡農地の耕作上必要なものであれば足り、それに附帯していることを要するものでないことは当然であり、本件土地が売渡農地の耕作上必要でないということは、これを認めるに足りる証拠がないから、右原告の主張は理由がない。

(2)  つぎに、原告は、本件土地は被告沖野が賃借権、使用貸借による権利、もしくは永小作権を有する土地ではなく。附帯買収の対象となるべき土地ではなかつたから本件買収処分は無効である、と主張するけれども、成立に争いのない乙第一〇号証、第一一号証、被告沖野の本人尋問の結果により成立の認められる乙第九号証ならびに証人小林玉枝の証言の一部および被告沖野本人尋問の結果を総合すると、本件土地は、被告沖野方において被告沖野の父角次郎の代から原告方より採草を許され若干の対価を納めていた土地であることが認められ、証人小林玉枝の証言中右認定に反する部分は採用できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうだとすれば、右原告と被告沖野方のとの間の契約に基づく被告沖野の本件土地についての権利が、賃借権、使用貸借による権利、永小作権のいずれかにあたるかどうかはしばらくおき、少くともこれらの権利にあたらないことが明白であつたとはいえないから、この点でも本件買収処分に無効原因があるとはいえない。

以上のとおり、本件買収処分は無効であるという原告の主張はいずれも理由がない。

三、したがつて、本件買収処分の無効確認を求める原告の請求および買収処分の無効であることを前提として申立て二記載の登記の抹消登記手続を求める請求はいずれも理由がないことになる。

第二、被告沖野に対する請求について

主張一ないし三記載の原告の主張事実は当事者間に争いがない。しかして、本件買収処分が無効といえないことは前判示のとおりである。

そうだとすれば、本件買収処分の無効であることを前提とする申立て三記載の請求はいずれも理由がない。

第三、むすび

よつて、原告の請求はいずれもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 小笠原昭夫)

目録<省略>

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